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こんにちは。私は社団法人北上青年会議所に所属しています高橋和敏と申します。
これから、青年会議所活動を通して私なりに感じたことや学んだことを少し申し述べたいと思います。といっても、あくまでも個人的な意見ですので皆さんに受け入れられる話でもありませんし、参考になるものではないと思います。ただ、独り言を話しているようなものですので、流して読んでいただいて結構です。
私が北上青年会議所に入会したのはいまから12年前のことです。
学校を卒業したあと仙台市の会社に就職したのですが、家庭の都合でどうしても帰郷しなくてはならず、仕方なく北上に帰ってきました。別に結婚しようと思った女性がいたわけでもなかったのですが、それなりに気になる人もいましたし、ひとり暮らしの刺激や緊張感を感じながら生活していました。そんなある日父親の病気の知らせを受け、
家族と相談した結果、北上に帰ることになったのです。帰ってきた頃の私は、新しい職場の環境や父親の病気のことなどで悩み多い日々が続いていました。そんな時、取引先の方から「北上青年会議所に入らないか」というお誘いを受けたのでした。もちろん青年会議所がどういう団体で、どんな活動をしているのか知りませんでした。若者が集まり祭りなどのイベントをしている団体という噂を耳にしたことがある程度でした。そうこうしているうちにオブザーバー出席で例会に参加することになりました。
しかし、それは私にとって決していい印象ではありませんでした。国歌を斉唱するのは抵抗ありませんでしたが、まじめそうな内容の例会に反して青年会議所メンバーの態度が随分と不真面目に映ったのでした。そして何より懇親会には驚かされました。新入会員やオブザーバーに当時の理事長らしき人が「名刺を渡して歩け。」と命令するではありませんか。体育会系というよりは軍隊に近いものがあると感じて、ますます印象が悪くなりました。二次会のカラオケに行っては、歌わないと「暗い。」とか「青年会議所のメンバーにありがちな性格だ。」とか訳のわからないことばかり言われて、会議所は何をする団体なのか疑問を感じました。それでも嫌々ながら委員会や例会に数度出席して、正会員になる日が来ましたが、新入会員の認証伝達式も欠席し数ヶ月に一度出席する程度のスリーピング会員に近い状態になっていたのです。いつやめても悔いることもなかったですし、未練などありませんでした。ただ辞めるきっかけがなかっただけでした。
しかし、そんな考えもある日突然変わりました。その日は父の葬儀でした。春とはいえまだ肌寒く、長時間にわたった葬儀でした。いよいよ長い葬儀も終わりに近づき、喪主の挨拶で私が前に立ち参列者の顔を見たところ、なんと青年会議所のメンバーの顔が飛び込んできたのです。この人たちは私のことを心配して励ましに来てくれたのだと思い感謝の気持ちでいっぱいになりました。こんな中途半端な活動しかしていない私にもこの人たちは友情を与えてくれるのかと思うと、今までの自分の気持ちや態度を反省させられました。自分の境遇や立場を恨み悲観し、他人のせいにしてみたり、会議所の活動に疑問を感じて自分から何も動こうとせず陰で悪く思っていたりする自分が恥ずかしくなりました。そして、その日を境に青年会議所活動をやってみよう誓ったのです。
確かに今日でも活動に対して疑問を感じることも多々ありますし、メンバーともぶつかることもよくあります。
しかし、それらは以前と違って前向きなものであるし、生き生きとした活動であるといえます。自分の殻に閉じこもって他人や社会環境の責任ばかり問わないで、自らの一歩を踏み出してみてはどうでしょうか。人と付き合うのは煩わしいこともありますが、それ以上に得ることがあるのではないでしょうか。どうか以前の私のように休みがちのメンバーはちょっとの勇気をもって行動してみてください。あなたを認めてくれる人や支えてくれる人にきっと出会えることでしょう。そんなに青年会議所って捨てたものじゃないですよ。いっしょに活動していきましょう。
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