TONO JUNIOR CHAMBER
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2001年度の遠野JC

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Update:9-30-2001

 

- LOM交流広場 -

他LOMの方々や諸先輩から頂いた、熱いメーッセージをご紹介致します。

・北上JC 高橋和敏氏
・花巻JC 藤原 真紀さん
・陸中宮古JC 佐々木 康広氏
・陸中宮古JC 鈴木 徹哉氏
・一関JC 大浪 友子さん

第1弾
北上JC 高橋和敏氏

こんにちは。私は社団法人北上青年会議所に所属しています高橋和敏と申します。

 これから、青年会議所活動を通して私なりに感じたことや学んだことを少し申し述べたいと思います。といっても、あくまでも個人的な意見ですので皆さんに受け入れられる話でもありませんし、参考になるものではないと思います。ただ、独り言を話しているようなものですので、流して読んでいただいて結構です。

私が北上青年会議所に入会したのはいまから12年前のことです。
学校を卒業したあと仙台市の会社に就職したのですが、家庭の都合でどうしても帰郷しなくてはならず、仕方なく北上に帰ってきました。別に結婚しようと思った女性がいたわけでもなかったのですが、それなりに気になる人もいましたし、ひとり暮らしの刺激や緊張感を感じながら生活していました。そんなある日父親の病気の知らせを受け、 家族と相談した結果、北上に帰ることになったのです。帰ってきた頃の私は、新しい職場の環境や父親の病気のことなどで悩み多い日々が続いていました。そんな時、取引先の方から「北上青年会議所に入らないか」というお誘いを受けたのでした。もちろん青年会議所がどういう団体で、どんな活動をしているのか知りませんでした。若者が集まり祭りなどのイベントをしている団体という噂を耳にしたことがある程度でした。そうこうしているうちにオブザーバー出席で例会に参加することになりました。
 しかし、それは私にとって決していい印象ではありませんでした。国歌を斉唱するのは抵抗ありませんでしたが、まじめそうな内容の例会に反して青年会議所メンバーの態度が随分と不真面目に映ったのでした。そして何より懇親会には驚かされました。新入会員やオブザーバーに当時の理事長らしき人が「名刺を渡して歩け。」と命令するではありませんか。体育会系というよりは軍隊に近いものがあると感じて、ますます印象が悪くなりました。二次会のカラオケに行っては、歌わないと「暗い。」とか「青年会議所のメンバーにありがちな性格だ。」とか訳のわからないことばかり言われて、会議所は何をする団体なのか疑問を感じました。それでも嫌々ながら委員会や例会に数度出席して、正会員になる日が来ましたが、新入会員の認証伝達式も欠席し数ヶ月に一度出席する程度のスリーピング会員に近い状態になっていたのです。いつやめても悔いることもなかったですし、未練などありませんでした。ただ辞めるきっかけがなかっただけでした。
 しかし、そんな考えもある日突然変わりました。その日は父の葬儀でした。春とはいえまだ肌寒く、長時間にわたった葬儀でした。いよいよ長い葬儀も終わりに近づき、喪主の挨拶で私が前に立ち参列者の顔を見たところ、なんと青年会議所のメンバーの顔が飛び込んできたのです。この人たちは私のことを心配して励ましに来てくれたのだと思い感謝の気持ちでいっぱいになりました。こんな中途半端な活動しかしていない私にもこの人たちは友情を与えてくれるのかと思うと、今までの自分の気持ちや態度を反省させられました。自分の境遇や立場を恨み悲観し、他人のせいにしてみたり、会議所の活動に疑問を感じて自分から何も動こうとせず陰で悪く思っていたりする自分が恥ずかしくなりました。そして、その日を境に青年会議所活動をやってみよう誓ったのです。

 確かに今日でも活動に対して疑問を感じることも多々ありますし、メンバーともぶつかることもよくあります。
 しかし、それらは以前と違って前向きなものであるし、生き生きとした活動であるといえます。自分の殻に閉じこもって他人や社会環境の責任ばかり問わないで、自らの一歩を踏み出してみてはどうでしょうか。人と付き合うのは煩わしいこともありますが、それ以上に得ることがあるのではないでしょうか。どうか以前の私のように休みがちのメンバーはちょっとの勇気をもって行動してみてください。あなたを認めてくれる人や支えてくれる人にきっと出会えることでしょう。そんなに青年会議所って捨てたものじゃないですよ。いっしょに活動していきましょう。

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第2弾
花巻JC 藤原 真紀さん

花巻の藤原真紀です。
原稿遅くなりました。すみません・・・
いまいちいいネタがなくて、こんなもんでいいのか心配ですがよろしくお願いします。

遠野青年会議所の皆様、はじめまして!
私は花巻JC・地域の教育委員会の藤原真紀と申します。
昨年度のアカデミー大学で、松田さんに大変かわいがって(?) 頂いたのが縁で、こうして投稿することになりました。
家業は貴JCの小原ひさよさんと同じ、写真館です。
県内では女性カメラマンが少ないので、ひさよさんにはよく写真の勉強会で お世話になっております。その懇親会の席でもいつも一緒なのですが、 女性カメラマンには酒豪が多いというイメージを植えつけてしまったのは、 私達かもしれませんね。まさかJCでは隠していませんよね、ひさよさん(笑)。
ところで、最近は仕事が楽しくなってきて、JC活動もおざなりになっています。と いうか、 土・日が忙しいので、やむを得ず参加できないんですけど。
LOMの人達には本当に申し訳なく思っていますが、花巻JCは、 無理強いされる感じがなくていいですよ。だから居心地よく、マイペースで 活動できるのでしょうね。これが、これから長く続けられる秘訣だと私は思います。
でも、結婚したら?子供が産まれたら?と最近考えてしまいます。

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第3弾
陸中宮古JC 佐々木 康広氏
ご覧の通りいいパパでもあります。

『私のJC』

わたしは、1999年に陸中宮古青年会議所に入会致しました。それまで私は、青年会議所に ついて全くと言って良いほど知りませんでした。町おこしの団体、お祭の時、手伝いをしている人達。 その程度のイメージしかありませんでした。そんな私に声を掛けてくれた人がいました。 公開例会だからオブザーバー参加してみてよ!研修系の例会だから楽しいよ! 私は公開例会?何の事かさっぱり解りませんでした。とりあえず、誘われるがままに参加してみました。 すると、ビックリ!宮古の片田舎で、「ビジコンセミナー」「マネージャー研修」「自己啓発セミナー」 色々なプログラムを独自に織り交ぜて、研修をしているのです。本当にビックリしました。
青年会議所では、こんな事もしているのだと、改めて見直しました。
JC現役の先輩、OBの方々、多くの事を学んだ先輩達が大勢います。
自分で学ぼうと思えば、その先輩方は無償で教えてくれます。
「JCとは、研修の場である。研修とは、気付きである。気付きとは、築きにしなければならない。 そして、実践して行く!」
私の大好きな言葉です。この事を先輩から学びました。あとは、アカデミーや色々な場で他LOMの 方々との出会い。初めて会った人でもJCメンバーと言うだけで、本当に信頼しあえる。 こんな素晴らしい事はないと思いました。これがJC!JCの三信条、「友情」「奉仕」「修練」この事を 実践している場。これが青年会議所でした。誰かの為に本気で考えてくれる。無償で援助してくれる。 会社よりも会社臭い所もあるあるJC。会社がJC組織のように働けば、本当に素晴らしい会社に なると思いました。
私にとってのJCとは、人間形成の場所であり、多くの事を学ぶ場、研修の場だと思っています。
JC!本当に素晴らしい仲間が集まるところです。入会して、心から良かったと思っています。

(社)陸中宮古青年会議所 30周年特別室 第2委員会副委員長 佐々木 康広

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第4弾
陸中宮古JC 鈴木 徹哉氏

鈴木徹哉氏

青春の1ページの写真!
 

さて・・・・。
原稿の依頼されたものの、何を書けばいいのか悩んでしまいます・・・・。(^^;
松田君とはJCを通して知り合ったものの、この記事に関してJCの事にはまったく触れたくない!と言うのが私のひねくれた性格であります!(笑)
そこで・・・。
私の趣味と言いますか青春の1ページだった、(一部の人からは道楽とまで言われた)事を書きたいと思います・・・。本人はマジだったんですけどねぇ??(^_^;)
私が東京に居た十数年前のこと・・・・。その当時はバブル絶頂期で土地の値段はうなぎのぼり!給料もそこそこ良かった時代でしたが、20歳そこそこの私にとって都心に住んで車を持つと言う事はまず不可能・・・・。でも電車に乗るのも嫌だ!
そこで思いついたのがバイクでした!250ccなら車検も無いし、維持費もそれほどかからないので、早速中型免許を取りバイクを買ったのでした!
それが私の東京生活の6年間の時間とお金を費やしたバイクレースへの序曲だったのです!(笑)
初めのうちは仲間とツーリングに出かけていたんですが、元々スピード狂でしたんでバイクに乗り出してから1年後にはサーキットのライセンスを取り、月に1回自走で筑波に出かけるようになりましたが、どうせやるなら「マジでやっちゃおう!」と言う事で車を買い、バイクもレース専用のYAMAHAのTZ250を買って結局最初の「車は買えないからバイクを買おう」の何倍もお金がかかってしまいました!(爆)
しかし、レースをや事でお金には変えられない多くの仲間、今こうして自分で仕事をやって行く為の闘争心?、人間関係等いろんな事を学んだような気がします。
ポケバイに乗る鈴木Jrの勇姿!

今では、6歳の子供と一緒にポケバイに乗って遊んでますが、この小僧が意外と速く、アクセルの開けップリも良いんで、もしかするとおとーさんより速くなるんじゃないかと少し親ばか?な思いで見ています(笑)
近い将来岩手県出身のGPライダーがいたら、たぶんそれは私の子供でしょう!(爆)

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第5弾
一関JC 大浪 友子さん

大浪友子さん

「トモコの大まかに人生を語る」って感じかしら・・・?

* 第一章 トモコ就職するが・・・ *
私は短大を卒業後一関市内の建設会社に就職し、社長室秘書課に配属され「受付嬢」を4年間やっておりました。三姉妹の末っ子でありながら、二人の姉たちはやりたい事があると言って「手に職」をつけ、甘えッ子の私は「お家残れるなら喜んで家督になりましょう」と家業の「亀の子せんべい本舗大浪」に戻ってきました。家業を継ぐ前は「お仕事は?」って聞かれた時「受付をやっておりますぅ」なんて言う事がスゴ華やかでイイ感じに思えて、ハリキって言っていました。が、戻ってきた当初は「せんべい屋ですぅ」ってなかなか言えませんでした。恥ずかしかったのでしょう。今のようには誇ることができませんでした。特にコンパ。やっぱりカッコは良くないですよね。「せんべい屋」って。

* 第二章 トモコJCを知る *

私はJCに前の会社の上司であったメンバーの誘いと、父の勧めで入会しようと思いました。「お父さんはね、仕事をほおりだしてまでJC活動をやっていたのに喧嘩をして辞めちゃったのよ。」って母が教えてくれました。そんな思いをして辞めたJCを父は私に「家業をしてると外に出る機会も友達を作る機会も減ってしまうよ」って勧めてくれました。今ではJCに入って2年半。

* 第三章 トモコ骨髄バンクに登録する *

昨年はアカデミー大学に出向し家族、会社、ロム、塾メンバー、同期生のおかげで全講座に出席できスーパー皆勤賞を頂きました。その中の大船渡の講座では骨髄バンクに登録してきました。自分でもまさか登録するとは。その場の雰囲気と、この地に来た証を残したいって思いで登録しました。その時の動機は不純でも、偽善の登録でも、ドナーが現れた時きっとアカデミー大学の事を思い出し、恐れることなく提供できるんだと思います。一番得たモノ何と言っても岩手県内あらゆるところにお友達とはあつかましいけど、仲間ができた事です。

* 第4章 トモコJC大好き *

私は今年27歳になります(ちなみに8月23日よ)。卒業まであと13年あります。今の私からJCを取ってしまったら、きっと毎日がつまらなくなります。辞めろと言われても辞めないと思います。でも13年の間もしかして結婚するかも知れません。旦那と一緒に家業をやっていく事になったら、そうしたらたぶん私はJCを辞めると思います。辞めたくはありませんが、JCってすばらしいです。だから旦那にも「行っておいで」って「あんなに楽しいところは絶対無いから」って渋々譲ってあげるんだと思います。まぁ、無事結婚出来たらの話ですけど。それくらい大好きですよ。JCが。特に一関JCが!

* 第5章 トモコの決意 *

私は家業を継いでも2年半になります。前までは「せんべい屋」って言えなかったけど、今ははっきり言って誇りです。曾おばあちゃんから始まって100余年。私で4代目って事の歴史の重みがわかってきました。「亀の子せんべい」一本に絞って仕事をやって行こうと決めた父の心を私は引き継ぎたいと思います。(ウチが本家本元のハズです。類似品にはご注意を。)


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