
あんべの戯言 Vol.2
「"遠野オリジナルの種を守れ!"/自然環境を守るという事」
「自然環境を守る」ということは、口で言うほど単純なことではないらしい。
そう思わせられた機会があった。
私は「遠野市環境審議会」の審議委員として、今年3月までの約1年間、遠野市環境基本条例の策定に携わった。なぜそんな事になったかといえば、やはり”JC”がきっかけだったわけだが、その辺の経緯はさて置き、審議委員を務める中で色々と学びがあったので、今回はその辺の話を少ししたい。
さて、「自然環境を守る」と聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるだろうか。例えば、遠野の早瀬川には昔から「オイカワ」というコイ科の魚がいる。仮に、この「オイカワ」がいままさに絶滅寸前だとする。熱心な人たちが「早瀬川のオイカワを救う会」なるものを結成し、何処か他所の河川からオイカワを捕まえてきては、早瀬川に一生懸命放流する。やがて努力の甲斐あって、僅かずつではあるが魚影が増えてきた。 バンザーイ! オイカワが増えて一件落着!
果たして、そうだろうか? 答えは、ノー。
何故かというと、第一に、元々遠野に生息していた、いわば「遠野オイカワ」ともいうべき地域固体種が遺伝的に消滅してしまった、あるいは他地域種と在来種が交配したことで遺伝的特性が失われてしまった、という点で明らかな失敗。第二に、「遠野」という比較的小さな単位で循環している生態系の中で「遠野オイカワ」が果たしていた役割を「他地域のオイカワ」が肩代わりする、という点で生態系が以前のものとは別物に変わってしまっており、これまた失敗なのである。
上のオイカワの話は少し極端な例だが、この様な「地域固体種」に着目した考え方は「生物多様性」という定義に基づいている。これは、
「生態系の多様性」
「種の多様性」
「遺伝子の多様性」
の3つのレベルで環境を守っていくことが必要である、という概念で、日本の国家戦略の一つにもなっており、最近各自治体が環境条例などを策定する際は、これが重要な指針にもなっている様だ。そしてこの「生物多様性の国家戦略」では、日本の現状を次の「3つの危機」として把握しているのだが...
第1の危機:人間の活動や開発による影響。
第2の危機:自然に対する人間の働きかけが減っていることによる影響。
第3の危機:外国からの移入種や化学物質による影響。
これをはじめて会議で見た時、「ン?待てよ?」と思った。
第1・第3の危機はよく耳にする内容だが、第2の危機はあまり聞いたことが無い内容だゾ。例えば、自然環境を憂う類のテレビ番組でも、
「人間の愚かな開発や環境汚染のせいで、自然は今もなお破壊され続けている云々...」
というのはよく見かけるが、
「人間がコレをやめたせいで・・・」
というのは見たことが無い、と。
当時の審議会会長の某大学教授によると、こういうことらしい。
例えば、田園地帯の里山やススキが生い茂る草原は、肥料としての落ち葉や屋根葺きの材料などを得る場所として多く利用されていた。しかし、化学肥料や住宅の近代化によってその利用価値は無くなり、里山や草原は管理されないまま放置されることになっってしまった。長い年月、人手が入ることによって生物多様性のバランスを保ってきた里地里山の生態系は、人間が干渉しないことにより、かえって危機を迎えてしまっているのだ。
メダカが日本各地で急激に姿を消した背景などには、この辺の問題があるらしい。
遠野は、幸いにも恵まれた自然がまだまだ残っている地域である。
しかし言われてみれば確かに、例えば住居としての「曲がり屋」が激減した事により「茅場」を管理する習慣はほとんど無くなってしまっている。子供の頃は沢山いた野ウサギやリスが姿を消してしまったのは、ひょっとして、キツネやタヌキ、カラスなどの猟をする猟師が減ったせいじゃないか? 「風が吹けば桶屋が・・・」じゃないが、もっとよく調べてみれば、その類の失われた「自然への働きかけの習慣」は、遠野にもまだまだありそうだ。
自然が多く残されている地域である、ということは、裏を返せば「自然への働きかけ」の習慣が決して少なくなかった地域である、とも言えるんじゃないかと思うが、この辺を環境保全の問題として認識できている人は、遠野にどれ程いるんだろうか。これら習慣を学び、守り、伝えていく事は、我々の様な里地里山に住む者だけに課せられた、大きな使命なんじゃないだろうか? そんな事を考えさせられた会議だった。
ちなみに、日本の絶滅危惧種の実にほぼ5割は、遠野の様な里地里山に生息しているそうだ。
*
最後に余談をひとつ。
大陸の遊牧民族がこんな習慣を持っていた、という話を以前何かで読んだ事がある。
広大な大陸では、旅人が一晩の宿を求めて訪ねて来る事がよくあった。
そしてそんな時、一家の主は、旅人を快く受け入れ、手厚く、丁重にもてなした。
もちろん、食事などは出来るだけのご馳走を振る舞った。
そして夜ともなると更に...
家の主:「つまらないものですが...どうかお納めください。」
と、主が旅人の部屋に自分の女房を連れて来る。
旅 人:「これはこれは...ありがとうございます。
それでは、ありがたく頂戴いたします。」
ここで、主の女房を快く自分の部屋に招き入れるのが、旅人の絶対のマナーなんだそうだ。そして夜は更け、朝が来て、旅人が出発する時には、多分こんな会話が交わされたに違いない...多分ね。
家の主:「昨日は何のおもてなしもできませんで...」
旅 人:「いやいや、結構なお手前でございました。」
家の主:「いや、お恥かしい。
それでは、道中どうぞお気をつけて...
また何処かでお会いしましょう。」
主はそう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめている女房と共に旅人を見送るのだった。
これは一見すると、ただの助べえな下ネタ話だが、実はそうじゃない。彼らは一族の血が濃くなる事が招く悲劇や恐ろしさを、その長い歴史の中で身をもって学んできた。だから、外部の血を適度に取り込む事で「遺伝子の多様性」を保ち、一族を存続させる手段として、いつの頃からかこんな習慣が生まれた、という事らしい。
この話には後日談があって、後にこの話の筆者は実際に大陸を旅する機会があり、やはり民家で一晩の宿を借りることになったんだそうだ。そしてその夜は、とてもじゃないが、気が気でなくて眠れなかったらしい。その家の、まるで山姥みたいな奥さんを自分の部屋に連れてこられたらどうしようかと。幸いその晩は何も起こらなかったらしいのだが...
コレを読んでいる男性のあなた。
大陸を旅して一晩の宿を借りるときは、くれぐれも気をつけた方がいいですゾ。
昔の話?
いやいや、何処かで代々習慣が守られてきて、いまにも伝えられているかもヨ...
戻る