遠野の物語と遠野物語
By toyota | 2007/7/5 | Category: 豊田理事長Blog | 閲覧数(138 )
昨日というか、正確に言うとおとといの岩手日報の夕刊の一面に「もくもく絵本研究所」の記事が載っていてびっくり。この前書いた上郷小学校に行ったときに及川支局長も来ていたので、そのうち記事になるかなと思っていたが、まさか一面のトップにカラーで載るとは。
この事業だが、よく遠野のお母さんたちがと紹介されていて、この場合、お母さんたちの「たち」が自分ということになる。まあ、それはどうでもいいのだけど、この事業に大きな力を貸してくれたのが、東京のザートデザインいうデザイン事務所の安次富さんだ。昔ソニーに在籍されていたそうで、今はグッドデザインの審査員などをされているそうだ。
まあ、こちらは素人なもので、こういうアイデアはどうだろうと考えて、それなりに形にして、まあいいんじゃないかという話になるのだが、そこに安次富さんの手が入ると、格段に良くなる。良くなったのはわかるのだが、なぜそうなったのかは素人には良くわからない。まあ、そこがプロと素人の決定的な差なのだけど。
35周年の際にいろいろ事業を考え、その際に遠野物語についてもいろいろ調べた。その中で自分が興味を持ったのは、佐々木喜善が話した遠野の話を柳田国男が遠野物語に仕立てたという部分だった。つまり、普通に地元の人達がしていた世間話を文学に高めたというところである。
そこで都合よく考え、地元にあるものに対して、外部のプロの手が入って表現されれば、その過程は遠野物語の過程と同じということになり、表現の形は違えども、これも一つの遠野物語となりうるのではないかと考えた。そして当時まだ現役だった角田先輩と相談し、芸術家を招いて遠野を題材とした芸術祭を行おうとしたのだが、様々な事情で延び延びになっているうちに東和町で同様な事業が開催され、結局何もしないままに現在に至ってしまった。
どういうわけか、そう考えていたことを偶然にも木の絵本で実践することができ、それなりの評判を得ていることは不思議な成り行きだなあ。まあ、どこでやろうと結果的に遠野のために少しはなっているのだから、結果オーライということで。
