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豊田理事長Blog

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東北地区の会議にて

2007/11/29

 ちょっと前の話になるけど、先週の金曜日、東北地区協議会の会員会議所に、工藤専務と出席してきました。湯沢での開催だったので、暇な時間に温泉にでも入ろうと思ったら、会場には温泉が無い様で唯一持って行った荷物であるタオルが無駄に。
 
 今年の決算書と来年の予算書を見て、ロムの数が違うなあと思い、隣に座った花巻の瀬川理事長とどっか減るのかなとか話してたら、報告事項の所で前に座っていた理事長さんが立ち上がって、報告を始めた。あきた湖東JCの理事長さんで、今年一杯で解散して、秋田JCへと合流するとのことだった。
 
 会員数の減少が解散の理由なようで、今年人数が9名だったらしい。それでも今年秋田ブロックの会員大会を主管されたそうで、その理事長の話を聞きながら、感動したとともに、遠野青年会議所もこうなる日が来るのかなと、情けないながらも考えてしまった。
 
 西山直前と今後どうすべきかというのを話したことがあるが、自分達が何らかの決着をつけてもかまわないが、やはり若い人がまちづくりに関わる場として、どうにか会議所という組織を維持していきたいという話になったと思う。手前味噌な話になるが、若い人達が遠野をどうにかしたいというとき、やっぱり一番有効な組織は青年会議所だと思っている。
 
 とりあえず、自分が在籍しているうちは、どんなに人数が減っても会議所という組織はどうにか維持させるつもり。入会して6年経つが、やはり会議所でしか得られないノウハウは間違いなく存在するし、それを遠野に住んでいるやる気のある人達に触れてもらうためにも、頑張りたい。何度も書いてきた話になるが、遠野に住んでいるから損をするという状況だけは作りたくない。

祝 三桁

2007/11/21

 理事長ブログも無事に100の大台を突破しました。また、私事ではありますが、今月の4日をもって、35歳になりました。祝、30代後半突入。四捨五入すると40か。あわわわわ。
 
 できるだけ会議所関係の中身にしているつもりなので、この時期になると特に書くこともなくなってきました。というわけですので、あと数回書いたらおしまいになる予定。まあ、この時期になっても書いているだけ偉い気もする。というわけで、理事長職とあわせ、このブログもう少々がんばります。

11月例会雑感

2007/11/21

 あまり多くを語り難いが、人に何かを伝えることの難しさを感じた。申し訳ないけれども、準備不足に見えた。
 
 外部の人を集めて話を聞かせることって、思った以上に難しい。角田先輩が会長のときの挨拶は、来てくれた人に何かお土産を持って帰っていただけるようにしたとの話は昔書いたような気がするが、まったくその通りだなあと、反省する。

ブロック卒業式

2007/11/21

 土曜日の会員会議所のあと、そのまま卒業式に出席。遠野からは該当者はいないのだが、普段お世話になっている方々が卒業されるということで、延々と飲んできました。
 
 式典の中で卒業生の皆さんから一言ずつ挨拶を頂いたのだが、皆さんの挨拶がとてもよかった。やはり、会議所最後の挨拶ということだからか、皆さんの気持ちがよく伝わった。
 
 直前の記事にも書いたが、同じような内容でも、その人の気持ちが入っているかどうかで、印象がまったく違う。たとえ話し方が上手じゃない人でも、何か伝わる物がある。
 
 昨年、久慈にて北朝鮮の拉致家族を救う会の講演があり、横田滋氏のお話を聞いた。よくテレビで見る人なので、どんな人かなと思ったが、実際に見ると、体も小さく、普段の活動のせいか、非常に疲れた様子に感じた。話し方も抑揚が少なく、ぼそぼそとしゃべる感じだった。しかし、その話の内容は不思議と迫力があり、非常に惹きつけられるものがあった。
 
 話し方が上手くなるのは訓練しだいだけど、あまりキレイ過ぎるのもうそ臭く感じる。内容が伝わるかどうかは、その人の気持ちが感じられるかどうかだと思う。

会議所の特権

2007/11/21

 先週の土曜日、久しぶりの会員会議所が開催され、出席してきました。2ヶ月ぶりくらいか。あまりにも久しぶりすぎるので、発言するときにだいぶ緊張しました。
 
 冒頭に伊東直前会長の挨拶があり、その中で、伊東直前会長は今まで様々な会に所属してきたが、一番会議所が価値があると、そんな感じの発現をされていました。自分もちょうど似たようなことを考えていたのだが、完全に中立で、利益を追求するわけでなく、自分が住んでいるところをただ良くしたいがために集まっている全国的な集団というと、もしかすると、会議所だけなのではないだろうか。
 
 そう考えると、日本の会頭や地区の会長のいつもの発言もだいぶ見方が変わってくる。現在の松田会長は、挨拶の際に必ず「東北を元気にしたい」と言う。最初はいつもかわりばえのしない挨拶だなあと思っていたが、ここ一年間様々な人達にあって聞いた話から考えると、もしかすると、本当に純粋にそう思っているのではという気がしてくる。
 
 盛岡青年会議所の周年だったと思うが、奥原会頭が直々に見えられ、挨拶の中で「少しでもいいから周りを良くして欲しい」と発言されてたような気がするが、こちらもまあ何気ない挨拶ではあるが、すごい真理をついてるような気もしてくる。
 
 昔からよく言うけど、発言するのは簡単だが、それを行うのは難しい。発言したことにどれだけ自分の気持ちをのせられるかで、実現できるかどうかが変わってくるような気がする。

また辞任

2007/11/5

 小沢一郎の民主党代表辞任に考える。
 
 報道を見る限り、子供がダダをこねてやめたように見えるが、あれにもやはり高度な理由があるのだろうか。サマコンでの青山氏の講演を聞いて思った、政治は見えないところで高度な取引をしているというのが頭に浮かんだが、本当に複雑な理由があるのか、単純に嫌になってやめたのか迷う所だが、どっちにしてもどうでもいい話だ。
 
 今回の件で達増知事が、これは国民への問題提起だと仰っているが、何を問題提起されているのかまったくわからない。達増知事が知事になる前、ちょうど選挙期間中に、偶然お話をうかがう機会があった。某選挙事務所で向かい合ってお話を聞いたのだが、その時はなるほどなあと思った記憶があるのだが、これは政治に関わる人全体に感じるのだけれど、個人で話すときは納得させられるのだけれど、総体としての話になると、とたんに訳がわからなくなる。これが政治の理論というものか。どっか、いい国ないかなあ。

賞味期限

2007/11/5

 休みで部屋でごろごろしているとき、ふと北海道のお土産を発見。先月の全国大会で帯広に行ったとき、トマムのホテルの部屋にあったもので、帯広JCの皆さんから感謝の気持ちを込めて送られたお土産です。これはちょうどいい、帰ってロムのみんなにあげようと思っていたのですが、すっかり忘れて部屋に置きっぱなしにしてました。
 
 ちょうどいいからこれ食べようと思い開けてみたところ、賞味期限が先月の5日、空けたのが今月の3日ということで、見事に賞味期限を一ヶ月ほど過ぎていた。まあ、昨今の騒動を見るに、おそらく大丈夫ではないだろうかという考えのもとに食べてみたところ、見事にお腹を壊しました。あたたたた。
 
 まあ、ロムのみんなに食べさせていたらもっと問題になったし、ブログのネタになったからまあいいやという、前向きな考え。というか、忘れずに先月みんなに食べさせていればこんなことにはならなかったのに。先週菊池に行った時にもお菓子をもらってきたけれど、あれもロムのみんなにあげようと思っているのだけれど、賞味期限はいつだろうかというのが今の心配事です。

身近な所

2007/11/5

 3日の土曜日、岸田袈裟さんの読売国際協力賞受賞、並びに遠野名誉市民授与式に出席しました。岸田袈裟さんとは、遠野の上郷出身で、ケニアにて日本のかまどや草履の作り方を伝えた方です。詳しくは下記の記事にて。
 
http://info.yomiuri.co.jp/event/04001/200710195082-1.htm
 
 お話をうかがった感想としては、非常に元気のある方だなあと感じました。苦労したこと感じたことはない、なぜなら、楽しいことしかやらないからだと仰っていましたが、考え方が非常に前向きで、さすがだなあと感心しました。
 
 なるほどと思ったのが、きれいな水が飲めず、普段はだしで歩いている状況を見て、昔ながらのかまどを作って水を煮沸して飲ませ、バナナの葉っぱで草履を作ってはかせるという点で、たぶん自分が同じ状況をみたら、おそらく大掛かりな浄水器と、古い靴を集めて持っていくということくらいしか思いつかないだろうと思います。その場にある材料でできて、比較的簡単に作れるというのが大事な所で、材料の入手も簡単だし、壊れてもその場で直せるしと、非常に合理的だと思います。
 
 国際協力というとどうしても難しく考えて、なにか大掛かりな物をと考えてしまうのですが、こういったちょっとした昔ながらの知恵でもいいんだなという、発想の転換は素晴らしいなあと感心したわけで、大事なのは、それを実行する力だと考えさせられます。さて、自分が同じ状況下にあるときに、同じようなことができるだろうか?

35周年と中野会長

2007/10/29

 周年の話でふと思い出した。
 
 2005年が遠野青年会議所の35周年で、当時自分は周年の担当委員長をしていた。前にも書いたが、記念事業を色々考えていて、結局何もしないままにしてしまった。色々なところの周年を見てまわって今考えてみるとありえない話だが、まあ、あの時は誰も何も言わなかったんだから、当時の理事の人達にも多少責任があると責任転嫁。
 
 結局、式典の最後の挨拶のときに、以前にも書いたが、遠野の話と遠野物語の話をして、ここまでは考えているんですが、この先はまだ考えていませんと正直に言ったところ、会場が大爆笑になった。その後の懇親会で、水沢JCの会員でアカデミーの同期の啓君に、一応考えてなくてもやると言えよと怒られた。今思うと、確かに会議所的にはそうしておくべきだったのかもしれないと思う。
 
 そのときのブロックの会長が北上JCの中野義明さんだったのだが、自分の挨拶で会場が大爆笑の中、一人だけ拍手をしてくれていた。ちょうど壇上から見て一人だけ一生懸命拍手をしてくれていたのでとても印象に残った。
 
 ちょうどその年が中野会長は卒業の年で、ブロックの卒業式の時、どうにか中野会長があくのを待ってそのときの御礼をしに行った。何で拍手してくれたんですかとお尋ねしたところ、いや、がんばってるのがわかったしと言っていただき、とても感激したのを覚えている。
 
 記念事業をしないままにしているのは明らかに自分が悪いのだが、あの会場の中で唯一拍手をしてくれた中野会長には今でも感謝しています。

菊池青年会議所 創立20周年

2007/10/29

 27日の菊池青年会議所創立20周年記念式典に工藤専務と和文委員長と三人で参加してきました。
 
 しかし、熊本は暑かった。こちらはコタツを出して、どてらを着て、みかんを食べる毎日で、当日出発するときも雨が降っていてかなり寒かったのだが、熊本は気温が20度以上、半袖で歩いている人もいるという、同じ日本でもここまで違うかと。
 
 式典の方は、杉田理事長らしい、熱い演出。式典で挨拶をお願いされていたので、行きの新幹線や飛行機の中で必死にまとめ、ギリギリまで暗記していたのにもかかわらず、壇上に登ったら、途中で飛んでしまいました。ああ、恥ずかしい。でも、ちょっと笑いが取れたからまあいいや。
 
 懇親会でも熊本各地の方とお話が出来ましたが、本当に九州の人達は気持ちが熱い。懇親会も勢いがある。自分も雰囲気にのせられ、みんなと一緒にステージ上で上を向いて歩こうを熱唱。その後も2次会、3次会と焼酎を飲んで、大盛り上がり。最後はなぜか、胴上げされました。
 
 遠野と菊池の交流のきっかけとなった、1997年の理事長を務められた牧先輩ともお会いすることができ、様々なお話をうかがうことができました。本当に菊池の皆さんは遠野から来たことに喜んでくれて、大変なおもてなしを受けてきました。ありがとうございました。
 
 本当に、九州の人達は自分たちがイメージする九州そのままで、元気を分けていただきました。今度は京都会議で会って飲むですたい。

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