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Archive for 7月, 2007

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基本的に自己負担

2007/7/27

 この前サマコンに行った帰りの新幹線で、偶然花巻青年会議所の和田さんと一緒になった。和田さんは自分がアカデミーに行ったときの同じ塾生で、ちょくちょく飲んだりしている。
 
 和田さんは全国大会運営会議に総括幹事として出向していて、聞いたらサマコンにも数日前から来ていたらしく、来週も浜松だかに行って、その後帯広に行くとか言う話だった。理事長よりも忙しそうだなあ。ちなみにこれまで使った旅費の金額を聞いて驚いたのだが、自分の年収くらいだった。具体的に書くとアレなのだが、そんなに自分もらってないです。いや、そうじゃなくて、まあ、ちょっとした車買える位の金額を使っているらしい。
 
 当たり前だけど会議所は給料が出るわけでなく、むしろこちらからお金を払っているわけで、そういった費用も自己負担となるのだが、ちょっと大変すぎるんじゃないかと思った。理事長も普通にまともにやるとなればいろんなところに行かなきゃないので結構お金がかかる。まあ、自分はあまり顔を出すほうではないのでそれほどお金を使っていないですけど。
 
 ちょうど当ロムでも次年度理事長の選考が進んでいるが、あまりにも負担が大きいと理事長を務められる人がいなくなる。まあ、別に各種大会にでなくても何の問題もなく理事長は務められますので、どこまで参加するかは自分の懐と相談して。ただ、理事長になればいろいろな経験ができるので、あまり重く考えずに気軽に経験してほしいです。それほど大変でもないですよ。多分。

予算から見る会議所 その2

2007/7/26

 2004年に自分は岩手ブロックの財政局長を務めたが、ちょうどその年から会費の徴収方法が変わった。変わったといっても、一般のメンバーにはわかりにくいだろうが、岩手ブロックへの会費を直接岩手ブロックへ納めるのではなく、日本JCが管理する口座へいったん入金して、そこから岩手ブロックへお金が移されるという形になった。
 
 確かちょうどその年から、ブロック会長も日本の総会での議決権を持たなくなったと思う。ちなみに岩手ブロック協議会といっても、一番上に日本青年会議所があり、その中に東北地区協議会があり、その中に岩手ブロック協議会があるという、会社で言えばある一部門にすぎない。会計も岩手ブロックで完結させず、日本青年会議所にあげて、そちらで総決算される。
 
 そんなこともあって、最近は岩手ブロックの会長といっても岩手ブロックの長というよりは、会頭の名代という姿勢が強い。そこらへんの話は水沢青年会議所の広報誌「築く」の3月号で渡辺理事長がきれいに書いているのでそちらを参考にしてください。
http://www.229jc.jp/07index.html
 
 公益性の基準で予算の50%が事業費というのがあるが、確か日本青年会議所でもそれは達成されていないはず。確かめようと思って決算書がHPで見れるかと探してみたが、どうも見つからない。決算書の公開も確か公益法人の必須条件だった気がするが。ちなみになんで事業費の割合が低いかというと、どうも人件費が大きいらしい。あと、余剰金も結構あったと思う。
 
 余剰金が多いというのは、会員から集めている会費が多すぎるのではないかとも取れるわけで、皆さんが支払っている年会費の一部が日本青年会議所に行っていることを考えると、日本青年会議所が何やってるかよく知らないよとは言わずに、本当に有効に使われているのか一度疑ってみたらいかが?ついでにロムも疑ってもいいかも。

ものをつくるひと

2007/7/26

 今日は地域づくり研究会の集まりに出席してきた。
 
 そこで儲かる農業とはというテーマでお話を聞いた。この前、市議会議員の方に聞いたとき、農業の平均年収が100万を下回るというのを聞いて驚いたが、儲かるという形容詞が付くあたり、実際の農業がかなり厳しいのがわかる。
 
 お話としては、普通の農業では難しいので、サプリメントのための作物づくりがいけるのではということだった。そういったことを周りの人に話をしているそうだが、なかなかのってこないらしい。結局のところ、今農業をしている人は、年金をもらっているので生活基盤がそちらにあり、無理して農業をしないらしい。
 
 ちょっと前まで会議所にいた文彦さんから聞いた話で、すごいお米作りの名人がいるそうで、70だか80歳くらいらしいが、すごいですねといったところ、いやいや、今まで50回くらいしかお米作ったことないよといわれたとか。確かに、農業は一年に一回しか収穫できないので、失敗のリスクが大きいのかも。
 
 鳥を捌く話にもつながるのだが、何で今の世の中ってものを作る人が苦労するのかなと思う。ある意味無からものを産み出す人達より、それを動かすほうがお金を稼げるというのは不思議だ。ものを作るのが儲からないから、できたものをを動かす、さらに進めばものすら動かさずに情報で稼ぐ仕事に人が集中するわけで、このまま行って誰もものを作らない世の中というのは成り立つのだろうか。
 
 地震で原子力発電所が止まって問題になっているが、じゃあ、原発をやめればいいかといえば、知らないうちにそれに依存する社会になっている。本当に原発要らないというのなら、それに見合った負担をしなくてはいけないわけで、そう考えると、鶏肉も米も電気も今の値段が適正かどうか。今のままだといつか行き詰りそうな気がする。

祝50

2007/7/23

 この記事をもって、理事長ブログが50個目になりました。おめでとう、俺。このペースで書くと秋になる頃には100になる予定だが、そろそろ書くことがなくなってきたので、ここからがきつい。気温が高くなるとやる気がガクンと落ちるので。
 
 このブログの基本スタンスとして、対象は完全に内向きです。おそらく、会議所関係者以外の人が読んでも面白くもなんともないでしょう。関係者でも面白くないかもしれないけど。というわけで、できるだけ中身は会議所関係にしようと思ってはいるのですが、読み返してみると、どんどん脱線している気がする。
 
 どちらかというと、その時考えていることを淡々と記録しているようになっているので、自分の備忘録的なメモ帳代わりになってる気がするなあ。ということは、あまり会議所関係者にも参考にならないかもしれない。まあ、会議所の行事に積極的に参加するほうではないので、このままのスタンスでしばらく続きます。

子供のまわり

2007/7/23

 木の絵本にちょっとしたクレームが付いた。英語版を作成したのだが、「退治する」を「destroy」と訳していて、destroyはないんじゃないのということだった。自分もニュアンスが違うかなと思っていたので、そこは直したい。そして、組み合わせによっては「お姫様を退治する」という文章が出来上がるのだが、それもどうかしらということだった。
 
 今の木の絵本は、組み合わせによっていろんな文章ができて、意味がない文章ができるのが面白いところだと考えていたので、残酷な意味になるのもまあいいかと思っていた。自分には、記憶が正しければ子供はいないはずなので、教育がどうあるべきかというのを身にもってはわからないが、やっぱりきれいなものに囲まれて育つほうがいいのかね。
 
 前々から会議所でやりたいことがあって、子供たちに鳥を殺すところから始めて料理させれないかなと考えている。スーパーに行けば、捌いてパックに入った鶏肉を買える。これは自分が鳥を捌くのをお金を払ってやってもらえるとも言える。鳥を捌く分の代金がパックあたり100円くらいだったとしても、それが他の100円のものと本質的に等価というわけではない。資本主義的には等価だけど。
 
 昔、ツーリズム大学に高野孟氏が講師としてきたときがあり、現状において食べ物を購入する状況は、お金を出して目をつぶって口に食べ物を突っ込まれているようなものだというお話を聞いた。確かにその通りなので、今食べているものは、自然の中で育てられているものだということを実感する機会を作ってみたい。
 
 ということを、今進行しているキャンプ事業でできないかといったのだが、鳥を捌くとこからやったら親からクレーム来るかもよといわれて断念している。確かにトラウマになるかもしれないなあ。大体、自分もやったことないし。

サマコンの成果

2007/7/23

  
 サマコン行ってきました。写真がその成果。一日目に来ていた佐藤愛子さんと、二日目に食べた北京ダック。美味しかったです。しかし、あんなに高いとは。重量あたりの単価でいくと、今まで食べた中で一番高いかもしれん。
 
 セミナーも、盛岡JCより川村委員長が出向している領土領海問題委員会のセミナーを聞いてきました。青山繁晴氏による講演でしたが、なかなか勉強になりました。とにかく話し方が上手い。内容も興味をそそられるものでした。
 
 あいかわらずサマコンのセミナーのレベルは高い。それぞれのセミナーに、旬の講師を持ってくるあたり、非常に感心する。教育関係にはヤンキー先生やワタミの社長、近現代史には櫻井よし子氏など、登録料9,000円でこれくらいのセミナーならむしろ安いんじゃないかと思う。ただ、時間がかぶりまくっているので、全てを聞くことができないのが残念。もう少しばらけさせてくれればいいのに。3日間くらいで全て回れるようにならないかしら。
 
 懇親会も久慈やカシオペアや大船渡や盛岡や花巻や宮古や釜石の皆さんと一緒になり、結構余裕を持って財布を準備したのに、遠野に帰ってくると5,000円しか入っていなかったのには今でも悔やまれる。恐るべし。
 
 誰にでもいろんな都合はあるだろうが、それを言ったらお終いだろうという事をわざわざ言われると困る。確かにその通りなのだけど、そこをどうすべきかが自分の裁量と言うか、努力しなくてはいけない所だろうに。そこを言い訳にされるとなんともできません。

サマコン

2007/7/21

 明日、というか正確に言えば今日だが、横浜で開催されるサマーコンファレンスに行ってくる。関係ないけど、コンファレンスとカンファレンスはどちらが発音的に正しいのかしら。モバイルとモービルも気になる。
 
 今年の初めに花巻青年会議所の新年会に行った帰り、西山直前と某バーミヤンに行き、北京ダックを食べた。自分は食べたことがなかったので、結構肉付いてるんですねと言ったところ、本物はこうじゃない!サマコンに行ったら本物を食べさせてやるということで、明日は本物の北京ダックを食べてきます。多分薄いんだろうなあ。しかし、皮を食べてうまいものなのか。
 
 しかし、会議所は大会が多い。これって本当に必要なのか。京都会議も一応行ったが、遅刻したり寝坊したりで、会場には行ったがクローズされていて全然会議を聞けずに何しに行ったかわからない京都旅行だったが、まあ今のところそれで困ったことは無いのでまあいいじゃないか。総会も手を上げるだけだしな。そんなことをわざわざ理事長ブログに書き込む自分の度胸。

改憲論

2007/7/21

 選挙の争点に憲法改正があがっているけど、国民投票の仕組がよく理解できない。
 
 きつい言い方をすれば、憲法の是非を国民に問う意味があるのかどうか。自分的にはあまり多数決とか好きじゃないので、憲法を深く考えている人とそうでない人が同じ一票を持っていいのか気になる。それともやっぱり国民の総意は結果的にいいほうに進むのか。
 
 よく理事長としていろんな会議に出るけど、ほとんど形ができていて、特に意見を言うほどでもない内容だと、何で呼ばれているのかよくわからない。うがって考えると、いろんな人の意見を聞いたという飾り付けに使われている気がする。民主主義的という名の何かか。国民投票的なあれだ。
 
 憲法改正の話になると9条の話になるわけだが、武力に対抗するのはやっぱり武力じゃなくてはダメなのか。攻められたら困るから武力を持つというのはリアルな対処法だとは思うが、なんか夢が無いなあ。自分がやられたらやり返すというのは個人レベルではわかるけど、国家レベルなんだからもっと他の方法は無いものか。

名前

2007/7/21

 昨日、盛岡に小泉前総理が来ていたのをテレビで見た。
 
 小泉氏と自分の名前は同じわけだが、小学校のころ、名前の由来を調べるという宿題があり、父親に聞いたところ、昔国会議事堂に行ったとき議員の名前の札がかかっている中に「純一郎」があり、そこからもらってきたとのことだった。そのころは小泉純一郎なんて知らなかったので、適当だなあと思いながらそのまま学校で発表した。
 
 その後、小泉のほうが少しずつ頭角を現し、自分としてもなんとなくうれしく思い、総理になって人気を博していたころは自分も調子にのっていたが、その後の凋落振りにはなんともいえない気持ちになった。うちの親父も先見の明があるのやら無いのやら。
 
 しかし、相変わらず小泉氏は話がうまい。よく考えるとよくわからないのだが、聞いたときにはなんとなく納得してしまう。前回の衆議院選挙のときもうまい具合にのせられたなあと思ったが、はて、その時どこに投票したか覚えていない。まんまとのせられて自民党に入れたとしたら、その頃に行って殴ってやりたい。とはいえ、他のところに入れたとしてもほめるほどの事でもないが。
 
 現在参議院選挙に向けて様々な活動がされているが、今候補者が話していることを次の選挙まで覚えていられるかしら。前の選挙のときに何を言って当選して、それがどれくらい実現されたかをいかに検証できるか。マニフェストという名の、中身は今までの公約とあまり変わりない文章をいつか問い詰めてやりたいので、忘れないようにしておこう。

予算から見る会議所

2007/7/15

 自分は入会して6年目だが、財政に関わる機会が多かった。2003年に地区の青年フォーラムの企画の委員会に角田先輩についていって出向して、その時幹事的なことを任され、その時から予算面に関わった。その時は、フォーラムの前日に角田先輩が作成した予算書について、なぜか自分が当時財特の委員長だった福島の大槻さんに説教された。そのかわり大槻さんにはいろいろ教えていただいた。その後、岩手ブロックの財政局長や地区の財特の幹事をしたりで、今のところ会議所生活の半分以上が財特がらみになっている。
 
 予算というと難しそうに思えるけど、別にそんなことはない。基本的に足し算、引き算、掛け算の問題。ただ、もう少し踏み込んでいけば、会議所の会計は、誰が見ても納得できるという形になっていなければならない。会員からお金を預かってそれで運営するので、それがどのように使われているかが誰が見てもわかる状態にあるべき。
 
 とはいえ、予算書をあまり細かく作るのもどうかと思う。摘要を細かく出させ、見積、請求書、領収書の額が違うと差異の理由を問うのもいいが、そこに気を回すなら、事業を良くするのに気をまわしたほうがいいわけで、予算に関しては委員長が扱うのではなく、会計担当の人を置くか、事務局が気をまわしてあげるべき。
 
 昨年理事長の予定者の段階で、盛岡JCの内舘さんから公益性についてのセミナーがあったのだが、会議所の会費は会議所に所属するために払うというのではなく、まちづくりのために寄付したと考えるべきではという話を聞いた。そう考えると、予算を如何に抑えるかというより、どうしたら効果的に使えるかの方が大事ということになり、予算を余らせるよりは使い切ったほうがいいということになる。結局大事なのはどう使うかということ。まあ、そこが一番難しいけども。

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