Archive for 9月, 2007
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2007/9/26 明日の夜から全国大会に出発するのだが、今回のメインフォーラムは、サマコンでも講演した、青山氏が来るらしい。
青山氏の講演は面白いのだが、正直、またかいなという気持ちがする。サマコンのメインフォーラムでもパネリストとして参加し、海洋セミナーでも講師をし、そして今回の全国大会。ちなみに、アカデミーの閉校式でもサマコンの講演をビデオで流すそうで、人によっては4回聞くことになるかもしれない。気持ち的には「何度目だ、ナウシカ」という感じ。
別に青山氏を批判するわけではないけれど、あまり同じ人に何回も、それも一年のうちに頼むのは、ちょっと工夫が足りない気がする。これまでだと、桜井よし子氏とかかな。自分たちの考え方に沿った人選かとも思うが、青山氏は話し方がうまいだけに、ちょっとなあと。
青山氏の話で思い出したが、サマコンで聞いた話の中で、なぜ中国が日本の領海についてうるさく言ってくるかという話で、中国は次世代を見据えているので、そのために資源を確保するのだということだった。中国のやり方についてはあまり知らないのでめったなことは書けないが、その思想には、にはなんとなく感心させられた。まあ、自分の国だけよければいいというのもどうかと思うけど。
とりあえず、北海道に行って、ジンギスカン食べて、郷ひろみを見てきます。って、何しに行くんだ、俺。
不思議な知名度
2007/9/26 ブログをサボっている間に、遠野祭りやらなにやらに参加していた。遠野祭りは和重先輩の勧めで昨年から一日市の南部ばやしに参加している。
会議所では交流のない部分なので、いろいろな人に会って、いろいろ話を聞くことができたり、練習が終われば日本酒飲めたりと結構楽しい。小さな子供から高齢の方までみなで協力してお祭りを盛り上げる体制には驚かされる。こういう世代を問わない活動って、本当に素晴らしい。ちなみに、踊り子さんは40人くらいいるのだが、一日市の子供は一割くらいらしい。子供は少なくなったなあ。
お祭りとなると飲み会になるのだが、初めて会った人にも、何かどこかで見たことあるなあとか、理事長さんでしょとか言われる。結構最近そういうことが多いのだが、会議所的には最近メディアに取り上げられるような活動はしていないのだが、どこで自分が理事長だというのを見たのか不思議だ。知らない所で自分の特集でもしてるのではと、変な想像してます。
次年度始動
2007/9/26 昨日、通常総会が開催され、工藤和信君が2008年度の理事長として承認されました。工藤さんには今年専務をお願いしていましたが、来年も理事長という大役に就くことになり、申し訳ない気持ちがあります。
というのも、工藤専務は昨年の初めに入会し、まだ2年目。自分が去年専務をやっていて、その引継ぎをうまくできなかったので大変苦労をかけていますが、経験の浅い工藤専務に理事長をお願いするこの無念さ。さらに、理事予定者の顔ぶれも、和文君と石懸君を除くと入会2年目以内という、よく言えば新鮮、悪く言うとあまり会議所を知らない理事メンバーとなってしまいました。
本来なら、もっと経験のあるメンバーがやるべきだなあと考えていたのですが、よく考えると、経験のあるメンバーがいない。どうも、自分より上の人達が、すっぽり抜けている。つまり、残っているメンバーで経験をつんでいる人というと、自分や西山さんや三浦さんになるのだが、それぞれ直前理事長や監事についているので、よくよく考えると、なるべくして決まった理事だともいえる。
とはいえ、それほど悲観的には考えておらず、総会の後の懇親会での話を聞いてみると、若くてあまり会議所を知らないメンバーの方が、むしろ活発に意見を出している。賛助会員の実香さんも話に入っていたのだが、なんか、会議所を経験していないメンバーの方が、いい意見を出せるのではないかという気がしてきた。
なんとなく、自分もまだぎりぎり30代前半なので若いつもりでいたが、よく考えると会議所に入って6年目、岩手ブロックやら東北地区やらに結構出向してきたので、実は考え方が会議所的というか、年をとった考え方をしているのかもしれない。猛省。
辞任
2007/9/13 安部総理のいきなりの辞任に驚く。何でこの時期なんだか。
去年、「自転車泥棒」という映画を遠野で上映する機会があり、監督さんが遠野を訪れ、どういうわけか一緒に飲む機会があった。その際、どういう流れだかで安部氏の話になり、「まあ、彼もボンボンだから」と仰っていたのだが、今思うと、確かにそうなのかもしれない。
明日から遠野祭りなのだが、自分は一日市の南部ばやしに去年から参加している。この前、新田君と水沢の周年に行ったとき、どこかのお祭りに参加したいということで、一日市の南部ばやしを紹介したのだが、この政局の混乱で参加が微妙になったらしい。安部総理の辞任が政局の混乱を引き起こすと共に、市井レベルでも迷惑をかけているという、どうでもいいオチ。
そして水沢へ
2007/9/13 なんだかこのブログを読むと、水沢に行ってばっかりな気もしますが、月曜日の理事会に、2月に続いて再度お邪魔しました。今回は、三浦一君を連れて行ってまいりました。
まあ、この時期次年度体制も見えてきて、大きな事業も終わってどうしてもゆるくなってきていたのにあわせ、どうも理事会に緊張感が足りないままここまで来てしまったのを反省し、若いメンバーに理事会とはこうあるべきだというのを勉強してもらうべく、自分が教えるのは大変なので、水沢を手本にして欲しいという他力本願な気持ちを込め、周年直後でお疲れの皆様には悪いと思いつつ、再度というか、何度目かの水沢訪問でした。
あまり他の理事会を見る機会はないので、一君にはいい刺激になったようです。直前の記事にも書いたのですが、意見するときにはその議案をつぶすのではなく、代案を示しつつ議論するというやり方は水沢の皆さんが持っている伝統のようで、相変わらずレベルの高い理事会でした。一君とすごいねぇと感心していたら、水沢の皆さんに、すいません、ぬるい議論でといわれたときには、軽く死にたくなります。
当然のようにというか、相も変わらずその後の懇親会にもお邪魔しましたが、懇親会でも更に議論は続いており、挙句の果てには会場を移動する路上で立ち止まって議論するという、恐ろしさ。結局、なんだかんだで遠野に帰ってきたのが3時過ぎという、一君には大変申し訳ありませんでした。泊まればよかったな。
今年の自分のスローガンが「青年会議所を疑い、そして信じる」となっており、現在の所、自分で言っておきながら、信じるの段階までたどり着かない今日この頃、水沢の皆さんの話を聞くと、そんな段階、とっくに通り過ぎているという感じがします。それだけ自分たちの活動に自信があるということで、その力には本当に驚かされます。あまり何度もお邪魔するのは本当に申し訳ないので、今年中はあと一回くらいにしておきたい。
水沢へ(以降繰り返し)
2007/9/13 先週の土曜日、水沢青年会議所の創立45周年記念式典に参加してきました。さすがに水沢だけあって、締まった式典でした。台湾の姉妹JCの皆さんも訪れていました。
懇親会では、自分が財政局長をしていたときに水沢の理事長だった朽木先輩にもお会いでき、久しぶりにお話しすることができました。なぜか、自分が会員会議所で質問していることを知っており、がんばってるねと励まされました。いつか遠野を訪れたいとのことでしたので、どこかの例会でお話していただきたいです。
朽木先輩というと、理事長当時、胆沢病院への提言書を青年会議所で作り行政へと提出したのですが、その提言書を自分も読ませてもらったのですが、これが非常にレベルが高かったのを覚えています。青年会議所でここまでの物を作れるのかと驚いたものです。当時から朽木先輩は、会員会議所の場においても意見などをするときにもそれに対する対案まで考えて話す方でしたので、提言書も批判すると共に、それをどう改善すべきかまで書かれており、さすがだなあと感心させられました。
水沢の先輩というと、アカデミーのときにお世話になったというか、いろいろ話し込んだというか、一説によると自分が食ってかかったと言われる斉藤先輩がいるのですが、今回も会えずじまい。前から水沢のメンバーに会う機会を作って欲しいと頼んでいるのですが、今回も不発。避けられているのかもしれない。へこむ。
暴言とわたし
2007/9/4 タイトルに困ったときは、この形式で。
理事会のときに和文さんと話をしていて、ブログ書いてる?と聞かれ、そろそろ書こうと思っていると答えたら、フォーラムにどんな文句付けるのか楽しみにしてるといわれた。こんなもんでどうでしょう?
あきらかに周りから自分は暴言を吐くキャラと見られているようだが、自分ではそんなつもりはまったく無い。しかし、そういう風に見られているということは、どうも人間として大事な何かが決定的に欠けているのではないだろうかと思う。
とはいえ、その何かがまったくわからないので、とりあえずはこのまま続行。単純に、30半ばなのにまだまだ子供だなという事かしら。一応反省します。なんか、政治家の謝罪みたい。って、この一文が余計なんだよな。
水沢の皆さん
2007/9/4 更にフォーラムは続く。
大懇親会にて水沢の皆さんと一緒になり、渡辺理事長に、ブログのパスワードを教えてもらえた。渡辺理事長のブログはパスワードがかかっており、どんなことが書いてあるのか気になっていたので、早速帰ってきてから読んでみた。
さすがに頭の回転が早い人の文章は違うと思って読んでいたら、自分が水沢の理事会を見に行ったときの話があり、懇親会にて、自分が渡辺理事長に「渡辺さんが会員会議所であまり意見を言わないのは、ブロックをどうでもいいと思ってるからでしょ」と言って、反省したとの一文があり、それを読んで、むしろ自分が反省した。なんて偉そうなんだ、俺。あれを水沢の皆さんが読んでいるかと思うと、今後非常に顔をあわせにくい。
フォーラムの懇親会の際にも会員会議所での意見の話になった。特に、先日開催された江刺での会員会議所では議案が多かったのにもかかわらず、理事長側からの意見が少なく、ちょっと残念に感じていた。
自分としては、会員会議所で意見を言わないと、その事業がそのまま進んでいくことになるから、細かいことも詰めるべきではと考えていたが、水沢の皆さんは、それは正副や役員会でするべきことで、会員会議所会議では、やろうという意思を削ぐべきではないという事だった。そういった考えを、渡辺理事長だけでなく、水沢の皆さんが統一して持っているというのに驚いた。
どちらがいいのかわからないが、活動のレベルを考えると、水沢の皆さんの考え方に一理ある。普段の活動がしっかりしているだけに、非常に理想が高いなあと考えさせられた。
花火
2007/9/4 さらに青年フォーラムでの話は続く。
大懇親会にて、恒例のように最後に花火が打ち上げられた。きれいだなあと見ていたら、久慈の新田理事長が、昔自分が書いた文章のことを言って、きれいだけどこれでいいのかなといっていた。
確かに、どこかで懇親会の花火の話を書いたなあと思って探してみたら、去年の専務のメーリングリストの中で、自分が花火のことを書いていたので、それをそのまま転載してみる。
「 皆様、全国大会お疲れ様でした。ブースで食材を提供したり、ゴミの分別をしたりと本当に大変だったと思います。特に、高林委員長には我々と郡山の間で様々な調整をしていただき、大会当日も朝早くから夜遅くまで会場を駆け回りと、本当に感謝しております。
大会自体も上手に運営していると感じました。セミナーには参加できず、式典のみ出席しましたが、話に聞いていたような卒業式の混乱も無く、すばらしかったと思います。
あえて、苦言を言えば、副主幹のメンバーがかなり負担が大きかったような気がします。懇親会の花火を見ながら、花火を打つ金があるなら、食材を提供したり、ゴミの分別をしているメンバーに、あらかじめ食事を提供してやるくらいできたのにと思いました。こういうのを奉仕とか修練とかおもてなしの心とか言って、メンバーにタダ働きさせるあたりがいかにも会議所らしいなあと感じながら、自分も同じようなことをしていたかもしれないと思わされました。」
ふむ、あいかわらず暴言を吐いている。当時、新入会員だった三浦一君を連れて全国大会に行ったのだが、初めての全国大会なのに、ブースの雑用をさせてしまい、全国大会の雰囲気を充分に感じさせることができなかった。あのときの花火にはなんとも言えない気持ちになったのを思い出す。
とはいえ、それから一年もたっていないのに、懇親会での出し物や花火を見て、すごいなあとかしか思わなかったのだから、人間の記憶なんてあやふやなもんだ。本当に設営の皆様には頭が下がります。
会議所を突き破る
2007/9/4 青年フォーラムにて、理事長にもかかわらず、閉会式を見ずに外でタバコをすっていたら、偶然2004年度の地区会長を務められた、深沢先輩とお会いした。当時、自分は角田先輩のお供で会議にオブザーブ参加したことがあったが、そんな程度の自分のことを覚えていてくださったのには驚いた。理事長登壇していたの見たよといわれ、なんとも申し訳ない気持ちに。やっぱり、スローガンはJC大好きにしとくんだった。
しばらく話し込んだのだが、さすがに地区の会長やら日本の役職を務められただけに、非常に面白い話を聞くことができた。その中でも、これからは会議所ももっと政治に関わるべきではということで、公開討論会もいいけど、更に一歩進めて、会議所の考えにあう候補者を政治の場に送り込むべきではとのことだった。確かに、まちづくりを進めていく中で、やはり政治にどうやって意見を反映させるかが問われるが、政治家を送り込むというのは確かに強力な考え方だ。
会議所は政治的には中立な立場をとるというのがこれまでだったが、もしかすると、その立場に安心している部分もあるのかもしれない。単年度だからとか、社団法人だからとかいう縛りで活動しているわけだが、むしろそのせいで自分で自分の活動範囲を狭めているのかもしれない。
深沢先輩が、会話の中で「会議所は何をやってもいいんだよ」と言ったのが印象に残った。
